第46話    「竹堀りの記」   平成17年02月20日  

数少なくなったニガ竹の竹薮を捜し、庄内竿を作るために、いざ竹藪の中に入ると其処は外から見るのとはまるで別世界となる。藪の外から見て「良い竹だなあ!」と思って近づいて良く見ると、それが良い竹で無かったりする事が良くある。

今度は藪の中で竹を探すと全体の感じが掴む事が出来ず、ロクでもない竹を採ってしまう。だから良い竹を取るのは大変な作業なのである。車で郊外の道を走っていると時々農家の周りに風除けの為に苦竹を植えている家が多々ある。そんな家の日当たりの良い南側に植えてある竹の中から探すのが一番適当なのであるが、最近ではその竹藪を手入れをする家が少なく荒れ放題となっている関係で、中々良い竹には中々恵まれることはまず少ないと云って良い。

竹の手入れと云ってもそんなに難しいものではなく、少し風通しが良くなる程度でも構わないのだ。適度に竹が混まない様に間引きをするだけでも大分違って来るのだ。その多くは風除けの為と竿を作る為にその昔植えたものが多く、竿を作る為に竹を取っていた主が亡くなってしまうとその竹藪は荒れに荒れ放題となってしまうのが落ちである。適度に竹を刈ってやれば、風通しも良く、竹も良く育つ。竹の子が苦い為に苦竹と云う名の通り、苦竹の竹の子を取る家はない。その為に竹があちらこちらに無数に生えてしまい、せっかくの良い竹が出来ても竹ズレを起こしたりしている事が多く竿に出来るものは少ない。

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月の天気の良い日に加茂の水族館の館長に大山の善宝寺の近くに竹取りに連れて行って貰った。加茂の一山越えた場所にある大山である。大山の背後は冬の季節風が吹いてくる西側が庄内全域をカバーするTVの鉄塔のある高舘山(274m)などの岩山に守られ、東側には陽射しを遮るものは何も無い田園地帯が広がっていると云う比較的に竹が育つには恵まれている良い場所である。ニガダケの竹薮は旧道と新道との間にあった。あまり大きな竹藪ではないが、館長さんが事前に持ち主から了解を貰っていると云う。約束どおり、最初は全体の竹から良い竹を探して見る。外側に良い竹が見つからず、竹薮の中に入って探す事に事になった。これはと云う竹が見つかると、まず何年子なのかを確認する。そしてその竹の上から下まで丹念に眺めて竹ズレなどの傷の有る無しを良く確認する。ここでないと思って見ても、後で良く点検すると傷が有ったりする事が良くある。

地面に突き鍬を突き立てると、石などの邪魔なものなどはなく、案外すんなりと地面に簡単に入って行く。ここの竹薮は今まで自分が根を掘ろうとして小石などが邪魔で中々掘れなかった竹薮とは全く異なる様だ。竹の背丈が高いにも拘らず根が浅く、竿師が喜ぶ通称芋根と呼ばれる物が多いようだ。その結果なんと一本掘るのに5分とかからない。流石何十年ものキャリアがあるので、手馴れたものである。あっと云う間に3間ほど(約5.4m)の根付きの竹を3本取ってしまった。久しぶりに今年はぜひ長い竿を作って見たいとおっしゃった。

時間をかけて探せばあるかも知れぬが、残念ながらここの藪の中には、自分好みの細身の長い竹は余り見当たらなかった。しかし、今でも3間を越える竹が、こんな近くの場所にあるとは思っても見なかったので、吃驚した。かつて自分が見つけていた竹薮のすぐ近くの旧道側であったのも、何かの縁なのかもしれない。其処は竹がもっと丈が短いが細いものが多かったように思う。その竹薮はシノコダイか何か小物を釣るに丁度良いと思っていた竹の有る場所で、何時か取りに来ようと思っていた竹薮である。

今まで我流でしかも突き鍬等を使わずに掘っていたので、少し深いところに根があったりすると非常に苦労した事が多い。突き鍬を使っているのを見て、このようにして掘ると簡単に掘れるのかと思いながら見ていた。こんなに簡単に掘れるのであれば、自分も突き鍬を作っておくべきだったとも思った。プロが使う鋼で作られピカピカに研ぎ澄まされた突き鍬を何度も見た事はあっても、竹堀に実際使っているのを見たのははじめてであり非常に勉強になった一日である。